HOME 刀剣 脇差 長運斎国光

神品の列・最上大業物・取締役格

銘 土佐長運斎国光 

昭和十年八月日 七十二歳作

詳細説明
「土佐長運斎国光」。明治の終わり頃から昭和初期にかけて活躍した、近代の最高峰の刀工。国光は幕末屈指の名工と名高い「長運斎加藤綱俊」の一門で、綱俊の弟子で土佐藩工だった長運斎俊宗(秀信)に師事した。号は長運斎。刀と脇指と短刀を手掛けているが、作品が極めて少なく、同時代の著名一流工の作品の中でも、『一生のうちに一振り出逢えるか』とまで言われる程、入手が困難。作風は綱俊に似て、匂い口の深い互の目を焼き、鑢目は切りに大筋違いの化粧鑢。超一流の証、帝展に入選しており、その技量は帝室技芸員や現在の人間国宝に匹敵する。昭和十七年に栗原彦三郎が発表した位列では、最上位である『神品の列』『最上大業物・取締役格』に指定され「堀井俊秀」や「高橋貞次」そして「月山貞勝」と肩を並べる高評価を得ている。(後の人間国宝、月山貞光「二代貞一」はその一格下の貴品上位・最上大業物・検査役格であることからも、長運斎国光が日本屈指の名工であった事が解る)

本作は高知が誇る近代の大・大・大名工の作品です!
高知の刀剣を扱う度に、何度も申し上げております通り、古刀は「土佐吉光」、新刀は「陸奥守吉行」、新々刀は「左行秀」が、土佐の高知の刀工です。

そして、明治から現代までを代表する刀工が本作『長運斎国光』です!!

まず、一生の内に出逢うか出逢えないかという程、非常に珍しい作品であり、熱心に郷土刀を収集している土佐の愛刀家が手離す訳がありません。

博物館収蔵クラスの作品です。帝展で入選した翌年の昭和十年の年期であり、最も円熟期の作品と言えます。帝展に刀剣が出展された時に起きた「帝展出品騒動」によって、翌年の昭和十年からは刀剣審査部門が独立し、刀匠会主催の展示会となっています。これ以降の作品は殆ど見ず、出展に興味が無くなったのか、一部の注文打ちのみに専念したものと考えられます。年齢による気力体力の低下や身体状況、物資不足など様々な要因が予想されますものの、長命でまだ作刀を続けられていれば、戦後の『人間国宝』に一番近かった人物として、異を唱えるものはいないのではないでしょうか。

短刀、脇指も少なく、二尺三寸を超える長さで帝展入選当時の作品が出た場合、数百万円は覚悟しないと買えないでしょう。

刃長:31.8cm (1尺0寸5分)反り:0.5cm
元幅:2.89cm  元重:
0.55cm

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格相談

:土佐
時代:昭和時代 初期

登録証

千葉県
昭和30520

身形:菖蒲造り(薙刀直造)庵棟。身幅と重ね尋常、鎬筋を設けて棟側を薄くした造り込み。

小杢が密に詰み地沸が細かくつく。

刃文:沸出来の湾れ刃。匂い口深く明るく冴え、帽子は小丸。二代忠広ないし、師伝の長運斎綱俊に匹敵しうる技量を表している。(左行秀は長運斎綱俊の門人で、刀工で言う所の国光の義理の叔父となり、国光は甥弟子です。)
備考:一尺を僅かに上回る小脇指は「腰刀」や「寸延び短刀」と呼んでおり、鎌倉時代から南北朝時代、室町の戦国時代、桃山から慶長新刀期、幕末頃に見られます。

白鞘・銅金飾一重ハバキ

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